Interview

2018.5.16 Wed

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レペゼンインタビュー:BULL

渋谷で一番のMC。ヒップホップシーンに置けるこれまでの人生を語る。

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渋谷のクラブで年間300本以上のイベントにMCとして出演。渋谷で一番マイクを握る男、BULL
彼の声で盛り上がり、アツい夜を過ごした客は100万人を超える。
今回のレペゼンインタビューは、前編と後編の2回に分け、現場で一番の男、BULLにしか感じることのできないストリートの現場への思いから、
ラッパー・MCとして活動を始めたきっかけ、影響を受けた人物、はたまたストリートで”稼ぐ”ことの真髄などに迫る。
渋谷界隈のあなたはもちろん、将来ヒップホップやストリートシーンで活躍したいと夢見るあなたは必見。

レペゼン:
まずは自己紹介をよろしくお願いいたします。

BULL:
BULL(ブル)です。
レペゼンは東京、青山です。今住んでいるのも青山です。
血液型はO型。生年月日は1986年3月28日です。LADY GAGA(レディー・ガガ)と一緒です。笑
足のサイズは27.5cmです。利き手は右手。

好きな食べ物は、最近気付いたんですけど、ホタルイカです。笑
最近わかったんですよ。今まで好きな食べ物を聞かれたらもやしって答えてたんですけどね笑

嫌いな食べ物はネギ、ピーマン、ニラ、あと残念ながらセロリ笑
匂いがキツい系ですね。

座右の銘は無駄遣いです。

レペゼン:
無駄遣い…こちらは後ほど詳しくお伺いします。
まず”BULL”と言う名前の由来はなんですか?

BULL:
名字が古川なんですけど、はじめは”フル”って呼ばれてたんですけど、先輩に韻が踏みやすいだろうってことで、濁点をつけていただいて、”ブル”になりました。
ちなみに本名は古川勇也です。

レペゼン:
なるほど。これはみんな意外と知らないんじゃ無いかなー
では次に、職業を教えてください。

BULL:
MCもできるラッパーです。MCの割合の方が多いけど。

レペゼン:
MCとしては渋谷で一番現場に立っていらっしゃるんですよね?

BULL:
そうです。ありがたいことに。渋谷で一番です笑

レペゼン:
一番って、どれぐらい現場に立っているんですか?
レギュラーで入られているイベントを教えてください!

BULL:
月曜日はR-Lounge
火曜日はATOM
水曜日はAbema Mixと、CAMELOT
木曜日がHARLEMECLECTIQUEとかTK TOKYOとか。
金曜日がWREPラジオとCAMELOT。
土曜日は、第2土曜日が自分がやってますVUENOSTRAVIS
第4土曜日がDJ CELORYさんのBON VOYAGE。第1土曜日はSIX TOKYOで、第3土曜日は開けてます。

その第3土曜を使って地方のクラブとかに遊びに行ったりしてるんだよね。呼ばれる前に行こうかなみたいな。
そして日曜日はATOM

レペゼン:
休みが無いじゃないですか!

BULL:
そうですねー
制作もあるから、ちょっと抑えようかなーって思うときもあるけど。

ちなみに木曜日はスタジオの日で、曲作るのに当ててます。
ちなみに月曜日と火曜日の夕方はラップスクールでラップ教えてます。

レペゼン:
ラップスクールもやってるんですね!誰に教えてるんですか?

BULL:
avexの契約生と、習いに来てる人。みんな15歳とかです。
韻っていうのはこうやってやるんですよーとか。
まあ、「ラップは教えるもんじゃないよ」ってのはまず教えましたけど!!
自分でしか書けない曲を書くんだよっていう話をして。

そこの生徒たちがよく聞いてるのはK-POPとかで、全員ZEEBRAさんを知らなかったからね。
このカルチャーショックはでかい。「ラップ教わりたいです!」って来てて、ZEEBRA知らないんかい!みたいな笑
でももうしょうがないんだよね。そっから教えなきゃいけない。

レペゼン:
でもそう言う世代が、これからを作っていくって言うことですもんねー
今後のヒップホップシーンも楽しみですね。
では次に、BULLさん自身のキャリアについて教えてください。何歳ごろから始めましたか?

BULL:
19歳です。
昔からバイクいじりが好きで、友達んちが一軒家でガレージがあったから、ずっとバイクをいじってました。
んで、仲間に不良の後輩がいたんだけど、調子に乗ってバイクで走り回ってたってのがきっかけで、隣の中学の先輩に呼び出された時があって…
んで、その後輩が、「呼び出されたから、古川くん一緒に付いてきてください!」って言い出して。笑
「まじ?」ってなったんだけど、まあしょうがないから付いて行ったんですよ。

呼び出されたのは青山一丁目の吉野家だったんですけど。笑
んで行ったら、その呼び出した人が実はラッパーで。グループも組んでて。
いつの間にか今度ライブ見にに来いっていう話になって。まあ俺もヒップホップ好きだったから、行くことになったんです。
んで行ったのは、今はもうないんだけど、西麻布CLUB M(クラブ・エム)っていうクラブでした。BIG DREAM(ビッグ・ドリーム)っていうイベントで、当時原宿のB BOYの人が主催してるイベントだったんだけど、すげーたくさん人が入ってて、3フロアで、500~600人入ってるみたいな。ヒップホップのみで。当時ヒップホップ全盛期みたいな感じで、すごかったんすよ。

そんなきっかけで、そこでライブする先輩たちを見に行くようになって。先輩たちのグループは「1DJ、3MC」だったんだけど、一人関西人の人がいて、その人がこれないタイミングがあった時に、急に「お前ラップしちゃえば?」って言われて、「え?」みたいな。
そのグループのライブって、そのイベントのトリだったんだけど、いきなりファンだらけの環境の中で、トリをやっちゃえみたいな状況になって、んで、初めてかいたリリックを歌うっていう。テキーラも飲んだことないのに!笑

ていうところから、ラップを初めました。笑
そのあとKOUSHIってやつがそのグループに合流して、JUMP UPっていう大きなクルーになりまして、CDも出して、イベントもやったりするようになりました。

 

レペゼン:
なるほど、始めたのはそんなきっかけだったんですね!
ラップを始めたあと、”MC BULL”として活躍するまではどんな経緯があったんですか?

BULL:
22歳ぐらいの時にJUMP UPが解散しちゃって、俺はKOUSHIと「あうん」っていうコンビを組んで続けてました。
今も「あうん」はあるにはあるけど、ほとんどやってないけどね。KOUSHIも就職しちゃったし。解散はしてないけど。
一方でHAZARD(ハザード)で店員をやりつつって感じでした。KOUSHIは副店長から店長になり、俺もブッキングマネージャーになり。
そこまではラッパーなんだけど、ちょうど8年ぐらい前かな、HAZARDハザード)のイベントのブッキングしなくちゃいけないし、ラッパーとして顔も売ってかなきゃいけないなって考えたときに、MCは露出する時間が長いから、ぴったりじゃん。って思って、MCを始めました。

HAZARDの為でもあり、売名行為でもあり。だからドレッドにして目立って、覚えられるようにしてたね。その甲斐もあって、当時HAZARDも予算がない中だったけど「BULLが言うなら」って言うので、イベントのゲストを呼んで安くやってもらったりしました。
MCを始めた理由はそれだね。
当時は他にもCTさんとかNASKAとか、MCがいっぱいいたんですよ。その中でやってましたね。

レペゼン:
すごい営業力ですね。子供の頃も今みたいに社交的な感じだったんですか?

BULL:
いや、そんなでもないかなー
社交的になったのは、MC始めてからかもなー。内向的にやっててもしょうがないじゃん。
MCとして場を盛り上げるためには、お客さんを下から持ち上げるのと、上から引っ張るのって、あると思うんだけど、それはお客さんによって違うんだよね。でもそれをどうやったら両方できるって、お客さんと同じテンションでやっちゃうのは、まず良くない。だから、テンションあげるっていうか、社交的にやるしかない。

レペゼン:
なるほど。
確かに、インタビューとしてお会いするとまた普段とは違うイメージですもんね。

BULL:
現場以外というか普段は静かでしょ笑 あんまり喋んないっしょ笑

それを「以外と冷静に見てるよね」とかってすげー言われますよね。
「イェー!!」て叫びながらも結構気使ってるけどね。気にしーだから笑
クラブ来てくれたお客さんの名前呼んだりとかさ、してるでしょ笑

レペゼン:
確かに!ああやってフロアにいて、ステージから名前呼ばれるとヘッズはめっちゃ嬉しいです!
では、そんなBULLさんにとって影響を受けた人いますか?

BULL:
初期衝動では誘ってくれた先輩とか、その当時知り合った仲間かな。
当時何もわからなくて、”売ってる音楽”しか聞いてなかったから。そうじゃなくてじゃなくて仲間が”作った音楽”を聞いたときは、やっぱり一番影響を受けたかな。
ZeusとかJJJとかも当時一緒にイベントやったりしてたなんですけど。JJJはもともとFivestarっていうクルーでやってた時、一緒に曲やってるんだよね。
でもそういう奴が今もまだいるわけじゃん。だから今だにいい刺激を受け続けてる感じ。やっててよかった感はありますね。

 

レペゼン:
”作った音楽”を聞くってかっこいいですね。
では、当時ではなく、現在のBULLさんが確立されてから影響を受けた人はいますか?

BULL:
今でいうと、やっぱりDJ CELORYさんですね。
音楽だけでお金をもらう仕事ってなった今、すごく感じますね。
なんつうかな、アーティストとしてはもちろんちょー偉大だけど、まず一人の大人として。尊敬できます。
請求書の処理だとかスケジューリングだとか、当たり前のことだけどすげーきっちりやってて。
俺らってラッパーだけど、ただ年食ってくんじゃなくて、大人になんなきゃいけないタイミングってここなんだなって教えてもらった感じかな。
ただラッパーだぜ!っていうのではなくて、ちゃんとそれで生計立ててるっていう人の違いはあると思いましたね。

そういう意味ではCELORYさんはほんとすごくて。
例えばAbema Mixって権利の関係で使える音源限られてるんだけど、ここに入ってるやつは全部かけて大丈夫っていうパソコンを1台作っちゃったからね。Abema Mixだけのために。
ジャケットも全部登録してて、できればジャケットも映像に出して欲しいってAbema側にも提案してる。聞いてる人の中で、曲名とかジャケットも含めて曲の良さみたいなのを知ってくれる人が増えるかもしれないから!っていうね。

レペゼン:
それはすごい!

BULL:
ラジオでもWREPのラジオでも後パブきちんとするし。告知もきっちりするじゃん。それも、一回一回きちんと写真とって、その瞬間瞬間で手を抜かない。

それって、呼んだ側も「DJ CELORYさん呼んでよかった」って思ってると思うんだよね。
別に本当はDJやるだけ!でもいいんだけど、DJして終わりじゃないっていうか。仕事としてちゃんと捉えて、よりクオリティを求めるために。っていうことをやってるっていうのは、本当にセロリさんすごいと思う。
ちょー忙しいのに、名刺もらったらちゃんと連絡入れてるし。あと、確定申告のやり方とかも教えてもらったし!
もちろん第一線での活躍も、フリースタイルダンジョンもあるし、WREPも一緒にやってるし、言ってもDJ CELORYだし、そこはほんとにすごいね。

昔から音楽で食ってるっていう人は、重みが違う。今一番近くにいる、DJ CELORYさんからもらってるものは本当に大きいですね。俺もそうありたいなと。もちろん自分のスタンスは変えないけど。

レペゼン:
なるほど。DJ CELORYさんの偉大さを改めて感じました。感動しました!!

 

どれだけ活躍する人にも必ずルーツはある。
インタビューを通してそれを紐解くとき、そのドラマの数々に驚かされることは良くある。
しかしながら、BULLから感じられる現場への思いは、他を圧倒する。
自身が築き上げてきた確固たる自信をひしひしと感じることができた。
そんなBULLの眼に現在のヒップホップシーンはどのように写っているのだ折ろうか?後編へ続く

 

BULL
Instagram:bullmatic

 

後編を読む>

 

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