芸人に間違われるの回

大盛況で幕を閉じたFORCE Festivalの裏側で起きた震えるような事件

ライター:DJ SHUNSUKE

先日、横浜アリーナで行われた「FORCE Festival」にPRライターとして参加させてもらった。

国内で行われたヒップホップの興行としては過去最大規模、国内外からの参加アーティストは豪華絢爛、まさに一生モノのフェスだった。このような身に余る機会を与えてもらい、大きな感謝とともに、国内でのヒップホップシーンに対して少しでもできる事があるのなら頑張ろうと思えた素晴らしいフェスティバルだった。

2日間、オープン前から会場に入り、いろんな角度からライブを観察し、観客の熱気を吸い込み、さらに速報記事を吐き出すという、ライターとしての筋肉を限界まで追い込む合宿のような日々だった。初日は会場そばのホテルに泊まったのだが、案内されたのは「ただ寝るだけ」というこちらの用途を明らかに上回る、オーバースペック感が漂う豪華な部屋だった。贅沢すぎて何か特別なことをしたくなるが、ライブ速報を納品し、夕飯を食べた瞬間に脳がブレーカー落ち。ベッドに触れた途端に意識は暗転し、特別なことといえば“フルチンで寝た”くらいだった。

ただし、慣れないフルチン睡眠が災いし、若干お腹を壊して目覚めるという、「特別」の定義を見直したくなる朝を迎えた。それでも精神的には妙に満たされており、「やっぱり人間、豪華な寝室で寝ると体の調子がちげえな」と悟った気すらした。そんな清々しい気分で最終日の取材へ向かおうとエレベーターに乗り込んだ瞬間——事件は起きた。

宿泊していたのは横浜アリーナのすぐ近く、外国人観光客も多く泊まるホテルだった。午前11時頃、フロントへ向かうため下りのエレベーターに乗ると、すでに外国人の家族連れが4人ほど乗っていた。旅行客らしく、大きなスーツケースを持っている。私は軽く会釈して乗り込んだが、その瞬間、「Oh!」という声が上がり、何やら父親と子どもがコソコソと話し始めた。特に気にも留めずにいたが、数秒後、唐突に父親から衝撃の一言が放たれた。

「Excuse me! Are you… Japanese Comedian??」

……日本のコメディアン?この狭い箱の中にそんな存在が潜んでいるとは思えない。だが乗っているのは彼ら家族と私だけ。どう考えても鋭利な矢が私に向いている。一瞬、何かの聞き間違いかと思ったが、彼らの表情は真剣そのものだった。「え?いやいや……」と否定しかけたところで、父親がスマホを取り出し、画面を私の顔の前に突き出してきた。そこに映っていたのは、なんとお笑い芸人‟ひょっこりはん”の写真だったのだ。ネット上なのか、テレビなのか分からないが、どこかでひょっこりはんを見たようで、とにかく彼らは私をひょっこりはんと間違えている様子である。写真は見せてきたものの、名前は知らないらしく、ただ「Japanese Comedian」としか言えないようだった。皆さんはひょっこりはんを知っているだろうか?独特の「間」とおかっぱ頭に黒縁メガネという「ビジュアルインパクト」を武器にした一発芸スタイルが印象的な日本のお笑い芸人だ。その日私はヤンキースのキャップに黒縁メガネ、黒いTシャツにデニムとマスクという出で立ちをしており、外国人から見た日本人が大体同じ顔に見えたとしても、ビジュアルで言えばメガネ以外に何ひとつ共通点がなかった。にもかかわらず、スマホの画面と私の顔を何度も見比べる外国人親子。

「Ah… no, I’m not…」と否定してみたが、外国人の男性は聞く耳を持たない。

むしろ「This is 100% Hyokkorihan!!」という勢いでスマホを構え、「Photo! Photo please!」と迫ってくる。四方を囲まれた私は、もはや逃げ場を失った野良猫のような気持ちでロビー階へ到着。そのまま押し出されるように地獄の撮影タイムへ突入した。私は彼らの真ん中に立ち、ぎこちない笑顔を浮かべた。スマホのシャッター音がいくつも鳴り響く。ロビーの周囲からは「誰か有名人がいるのか?」という視線が刺さる。地獄以外の何物でもない瞬間だった。この瞬間、私の心の中では「違います」と叫びながら、口から出たのは「Ah…OK…」だけだった。人は極限状態になると、理性よりも礼儀が勝つらしい。

「Thank you! Thank you so much!」

満面の笑みで感謝の言葉を述べた外国人家族を見送り、私は横浜アリーナへ向かった。これから世界的アーティストのライブを取材するというのに、テンションは床を這っていた。2日目のライブは、そのローテンションを吹き飛ばすほど濃密な内容だったが、国内ヒップホップ史に残るフェスの取材で、最も記憶に残ったのは、ホテルのエレベーターで行われた“誤認撮影会”である。思えば過去にも、中目黒でおぎやはぎの矢作さんに間違われたり、警察官から「バラエティ番組に出てる人ですよね」と声をかけられたりした。今回の件で、私の顔はどうやら“バラエティ型”というジャンルに分類されることが、国際的に認定された事になる。もちろん、全然うれしくない。

彼らは今頃、異国の地で「あの時ひょっこりはんに会った」と語っているのだろう。そのひょっこりはんが、よりにもよって私であるという悲劇に、気づく日は来るのだろうか。私は今日も、誰かの記憶の中でひょっこりはんとして生きていると思うと複雑な気持ちになるが気づかないままでいてくれた方が、きっとお互いのためだ。信じられないかもしれないが、これは全部、本当にあった話である。

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