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パーティーを通して人の心を強く揺さぶり続ける人たちがいる。彼らはなぜ、この仕事を選んだのか?このコーナーではパーティーというカルチャーに関わり続ける演出家たちの過去から現在まで続くキャリアを紐解いていきます。今回は、国内屈指のバトルDJであり、2025年DMC JAPANの「THE OPEN」部門で見事チャンピオンに輝いた経歴を持つターンテーブリスト、PACHI-YELLOWさんです。現場職人とDJを両立させていた怒涛の過去から、シーンの未来を見据えた現在のクリエイティブな挑戦まで、現在に繋がるキャリアを紐解いていきます。

バスケの挫折から、ブラックカルチャーとの出会い
SHUNSUKE:
本日はよろしくお願いします!PACHI-YELLOWさんといえば、今や世界的なターンテーブリストとして大活躍されていますが、そもそもDJカルチャーにのめり込んだルーツはどこにあったのでしょうか?
PACHI-YELLOW:
完全にNBAですね。僕はDJカルチャーと出会う前に、まずバスケを通してヒップホップカルチャーに出会っています。今現在の全てにバスケットボール、そしてNBAが密接に絡み合ってます。
SHUNSUKE:
90年代後半から2000年代初頭にかけては、テレビメディアでもNBAや、ヒップホップカルチャーが大きく取り上げられ始めた時代でしたよね。バスケとヒップホップが密接にリンクしていたというか。
PACHI-YELLOW:
そうなんです。アレン・アイバーソンやカーメロ・アンソニーといったNBA選手たちがヒップホップファッションを身にまとっていて、僕の中では「バスケ=ヒップホップ」として自然に刷り込まれていきました。DJにのめり込んだキッカケでいうと、それもバスケと関係があるんです。小学生の時にバスケを本気でやっていて、県3位になるくらい強かったんです。中学でもキャプテンを務めて選抜も決まりかけていたのですが、ちょっと不真面目な行動に走ってしまって、すべての話がダメになってしまった。誰も相手にしてくれなくなって、大好きなバスケができる環境を若くして失うという、早すぎる挫折を味わいました。
「バスケはやりたいけど、もうできない。どうしよう」となっていた時期に、テレビなどを通じてヒップホップやDJカルチャーに出会いました。当時、地元・所沢の先輩を介して繋がったDJ IKUさんの繊細で圧倒的なスクラッチのショーケースを目の当たりにして、凄まじい衝撃を受けたんです。「俺もこれがやりたい!」と思って、IKUさんが卒業した専門学校へ進学しました。僕がDJの世界にのめり込んだのは、間違いなくIKUさんの影響が大きいです。
そういったブラックカルチャーやNBAのスタンスを自分なりに勉強していく中で、自分の見た目や振る舞い方についても自然と向き合うようになりました。いわゆる「塩顔男子」みたいなスタイリッシュな方向は僕には絶対に似合わない笑
背伸びをせず、自分の器に合うスタイルを追求した結果が、今の「エンターテインメント+B-boyスタンス」を持った超攻撃型ターンテーブリズムに繋がっています。
SHUNSUKE:
クラブDJとかはやらなかったんですか?
PACHI-YELLOW:
当時は渋谷駅新南口にあった「Unity」でオープニングDJなどをやらせてもらっていて、「これからクラブDJとして頑張っていきたいな」と思っていた時期でもあったんです。でも、いざ現場に出てみると、課せられる集客ノルマなんかもかなりキツくて。そういうクラブシーンのリアルな現実に直面した時に、「じゃあ自分はどこで勝負するべきか」と考えて、純粋なスキルで評価されるバトルの道へ本格的に進んでいったという部分もありますね。


↑PACHI-YELLOWが強く影響を受けたDJ、DJ IKU 2023年のレペゼンインタビューの様子
才能の差を埋めた練習をし続ける為のルーティンと、DMCへの挑戦
SHUNSUKE:
そこからDJとしてスキルを磨き、世界的なDJバトル「DMC」の日本大会で上位に名を連ね、2025年には「THE OPEN」部門で見事チャンピオンに輝いて世界大会にも進出されました。圧倒的なスキルを磨くために、当時はどんな練習をされていたのでしょうか?
PACHI-YELLOW:
僕の場合、普段の練習を完全に「ルーティン化」することでしたね。毎朝5時とかに起きて、仕事に行く前に少し触って、帰ってきたらまた決めた時間を必ずこなす。僕は手先が特別器用なわけでもないし、天才肌の才能があるタイプではないと自覚していたので、とにかく泥臭くやり続けるしかなかったんです。コツコツやる、それだけですね。
SHUNSUKE:
朝5時起き。早いですね。チャンピオンを目指していた時期は、どのようなお仕事をされていたんですか?
PACHI-YELLOW:
ガチガチの現場職人をやっていました。
SHUNSUKE:
現場職人ですか!じゃあ朝から夕方まで激しく体を動かして、それから夜は……。
PACHI-YELLOW:
はい。帰ってきたらひたすらDJの練習をして、当時はアーティストのライブDJもやっていたのでその準備をしたり。週末になればツアーへ回るという、今振り返っても怒涛のようなサイクルでしたね。
SHUNSUKE:
それはかなりハードというか、スケジュール感を聞いているだけでも具合悪くなりますね。体を酷使する現場仕事と両立しながらトップを目指すというのは、並大抵の努力ではなかったと思います。
PACHI-YELLOW:
でも、結果もついてきていたりしましたし、頑張れましたね。肉体的な辛さはあったかもしれませんが、頑張れた。
ただ、DMCファイナルまで残ったりすると、周りも期待をしてくれたり、色んな声が聞こえてくるようにもなるじゃないですか。でも実際にその場所にいる自分自身は結構圧倒されていた部分がありました。上に行けば行くほど、ステージが上がれば上がるほど周りが上手い。もう本当に上手いんですよ。昔からDVDや会場で見ていた憧れの先輩たちと実際に話せるようになって、一緒に練習させてもらえる環境になった時、近くなったからこそ逆に「埋められない圧倒的な差」を感じてしまったんです。そこにかなり精神的にやられてしまって、一時期は大会に出られなくなったこともありました。今日も久しぶりに宮島さんといろいろ相談させてもらってたんですが、上手すぎて「辞めてえな」と思いましたよ笑 (DJ宮島氏もインタビュー時同席)
僕は負けん気が強いので、「ここで頑張んなきゃダメだ」と言い聞かせながら、何度も「もういいや」と挫折しかけるのを繰り返していました。最終的には「あの憧れた先輩たちと同じラインに立ちたい」という強い気持ちが、練習を続ける一番の活力になっていましたね。そうして泥臭く続けた結果、2019年にターンテーブリストユニット「BLAST」としてIDAの日本大会で優勝して。それが本当に良いきっかけになって、世界大会から戻ってきたタイミングで現場の仕事を辞めました。「一回人生をかけてチャレンジしてみたい」という思いがずっとあったので、そこからDJ一本で生きていく覚悟を決めましたね。
SHUNSUKE:
上に行けば行くほど、壁も大きくなっていったんですね。
PACHI-YELLOW:
僕の場合、大会に出始めてすぐにJAPAN FINALに進出できたので、デビューの勢いはすごく良かったんです。でも、そこで「憧れの舞台に立てたぜ」って少し調子に乗ってしまった部分があって。そこから結果が出なくなったり、つまずいたりを経験しているので、決して順風満帆なキャリアではないんです。
SHUNSUKE:
そのつまずいた状態から、もう一度そこを乗り越えて這い上がるきっかけは何だったのですか?
PACHI-YELLOW:
やっぱり「悔しさ」ですね。本当にラッキーなことに、僕は初めてJAPAN FINALに出た次の日に、DJ TA-SHIさんからユニバーサルのアーティストのライブDJのお仕事をいただいて、すぐにプロとしての現場を経験させてもらえました。それはすごく幸せなことなんですけど、周りからは「あいつより俺の方が結果を残しているのに、なんであいつが現場をやってるんだ」という声もありました。当時の僕は、DMCでの結果と、いただいているプロとしての仕事の規模が比例していなくて、仕事の方が先走りしていたんです。「本来、今の俺の武器では立っちゃいけない場所に立たせてもらっている」という感覚が常にありました。
SHUNSUKE:
まあ、変な話ですけど、やっかみみたいなものですよね。
PACHI-YELLOW:
なのかもしれないですけどね。だからこそ、プロとしてのこの仕事をちゃんと担保するために、「絶対に日本一のタイトルは獲っておかなければいけない」という思いが常に頭をチラついていました。その一方で、「もう仕事として食えてるんだから、大会のタイトルなんていらなくね?」と囁く自分もいて。その2人の自分が、頭の中でずっと激しく戦っていました。当時の自分はまだ足りていない部分が多くて、批判の声も真に受けてしまうタイプだったので、本当に結果を出すことに必死でした。


日本のターンテーブリズムの未来と、マーケット拡大へのアクション
SHUNSUKE:
世界大会を経験されたPACHI-YELLOWさんから見て、現在の日本のDJシーン、特にターンテーブリズムのシーンはどのように映っていますか?
PACHI-YELLOW:
スキルやターンテーブリストという枠で見れば、日本人は本当に上手いし、繊細だし、キャラクターも濃い。世界のトップシーンから日本人がこれだけリスペクトされる理由は本当によく分かります。
ただそれと対比して、「これだけ素晴らしい技術があるのに、なぜ仕事として成立して食えている人がこんなに少ないんだろう」ということも痛烈に感じます。もっとみんなで協力して、シーンのマーケット自体を広げていかないといけない。活躍する場所を枝分かれさせて、少しでもプレイヤーたちに還元されるような動き、食い扶持になるような動きを作っていかないと、シーンの未来は変わっていかないなと思っています。
SHUNSUKE:
まさにマーケットのスケールを広げないと、動くお金も増えないし、次世代のプレイヤーが夢を持てないですよね。
PACHI-YELLOW:
Creepy NutsのDJ松永くんの世間への露出とかと相まって注目度は一時期より間違いなく上がっています。ただ、その凄さを知ってくれている人のパイが、まだごく一部のコミュニティに留まってしまっている。昔だったら「ヒップホップが好きならDMCを知っていて当然」という空気がありましたが、指導する専門学校の生徒達に話を聞いてみても、DMCを知らない子がとてつもなく多いんです。ラップやナイトクラブ、ターンテーブリズムがすべて直結していた時代とは変わってしまっている。だからこそ、DMC運営側も必死に動いていますし、僕たち現場のプレイヤーも同じ危機感を持って、アクションを起こしていく必要があると感じています。

SHUNSUKE:
そのアクションの一つとして、PACHI-YELLOWさんが代表を務めるエンターテインメントクルー「Finger Clickz(フィンガークリックス)」があると思うのですが、結成の経緯を教えていただけますか?
PACHI-YELLOW:
実は、僕めちゃくちゃコミュ障なんですよ笑
SHUNSUKE:
えっ、全然そんな風に見えないですけどね!
PACHI-YELLOW:
本当に、本来は半径30センチ以内にいる大好きな人としか一緒にいたくないタイプなんです。何かきっかけがないとうまく話せない。でも、DJとしていろんな挑戦をするためには、どうしても人脈が必要じゃないですか。だったら、その半径30センチの信頼できる身内で全てを集約できる「クリエイター集団」を作ってしまおうと思ったのがきっかけです。自分たちで音響から映像、デザイン、営業まで完結させて、パッケージとして仕事を獲得できるチームを目指しました。それにプラスして、さっき話した「シーンの席数を増やす(食い扶持を作る)」ために、みんなでまとまって大きな仕事を取りに行こうという狙いもあります。約2年半前に結成して、今はメンバーが16人います。DJ、MC、ラッパー、デザイナー、カメラマンなどが在籍しています。
「イベントごとFinger Clickzに丸投げしてもらえれば、機材も音響も全部持って行ってワンパッケージで最高のパーティーを作ります」という、イベント業者に近い動きもできるのが強みです。
SHUNSUKE:
それはめちゃくちゃ強いですね。主催されているパーティーや、SNS発信でのこだわりはありますか?
PACHI-YELLOW:
パーティーに関しては、ただ大人が楽しむだけでなく、今後は子供たちも呼んで実際に機材に触れてもらえるような、カルチャーの交流の場にしていきたいと考えています。あと、SNS活動にはかなり力を入れています。今は動画のスクロールが一秒二秒で判断される時代なので、ただDJプレイを載せるだけでなく、背景に僕のルーツであるNBAのカーメロ・アンソニーのユニフォームや、好きな映画のポスター、フィギュアを映り込ませたりしています。「なんでこいつ、ここにユニフォームを飾ってるんだろ?」っていう、DJ以外の視点でも何かしらフックを仕掛けて、最終的に自分の音楽やスキルに繋がればいいなと思って試行錯誤しています。


最高のバランサーを目指して、若い世代へのメッセージ
SHUNSUKE:
そんな未来へのアクションも含め、PACHI-YELLOWさんが考える、この先目指すべきスタイルや、展望を教えてください。
PACHI-YELLOW:
少し傲慢に聞こえるかもしれませんが、コアな「ターンテーブリスト」にもしっかりとスキルを理解され、リスペクトしてもらいつつ、ライトな「一般層」にも存分に楽しんでもらえる、その両極の中間に位置する最高のバランサーになりたいです。僕がその架け橋になることで、シーン全体でメイクマネーできるプレイヤーを一人でも多く巻き込んでいきたい。
そして僕個人のDJとしての最終目標は、ルーツであるバスケの最高峰「NBAのアリーナDJ」になることです。国内のB.LEAGUEでのアリーナDJはもちろん、目標のNBAのコートでプレイするために、少しずつ海外での挑戦も始めています。
SHUNSUKE:
素晴らしいですね!ルーツがすべて一本の線に繋がっていく感じがして、ぜひ実現してほしいです。最後に、これからDJやターンテーブリズムのシーンに興味を持って入ってくる若い世代の子たちへ、アドバイスや一言メッセージをお願いします。
PACHI-YELLOW:
まずは、「自分が今好きな音楽を徹底的にディグって(掘って)ください」と伝えたいです。
今の時代、「オールドスクールを知らないとダメ」とか「これを聴いてなきゃ通じゃない」みたいな空気があって、話しづらい部分もあると思うんです。でも、正直に言うと、僕だってオールドスクールのヒップホップを本当にカッコいいと思って好きになったのはここ最近のことですからね。最初は自分がリアルタイムで聴いて「カッコいい!」と思った時代のものからでいいんです。変な固定概念や「こうじゃなきゃダメだ」という大人の意見は無視して、自分の感性を信じてパイを広げていってほしいです。
あとは、いくらDJの技術が上手くても、人としてダメだったら絶対に上には行けないと思います。これは僕自身、過去に人として未熟で、周りの方々に迷惑をかけてしまった経験があるからこそ伝えたい事でもあるのですが、「周りの仲間を大切にして、出会う人に対して謙虚に、丁寧に接する」という事を本当に大事にしてほしいです。そういう当たり前の人間性をしっかり持った上で、思いっきりカルチャーを楽しんでほしいですね。
SHUNSUKE:
熱いお話をありがとうございました!これからの活躍も楽しみにしています!
PACHI-YELLOW:
ありがとうございました!


プロフィール
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40年の歴史を誇る世界的DJバトル「DMC」にて、2025年新設されたTHE OPEN部門で日本初代王者に輝く。東京で初開催となった世界大会においても、卓越したスキルと高い構成力でオーディエンスを沸かせた。さらに、同大会の伝統あるCLASSIC部門では2020年に日本3位を獲得。「IDA」ショーケース部門ではBLASTとして日本大会優勝、世界大会出場を果たすなど、実績を重ねてきた。 2024年にはHIP-HOPクリエイター集団「Finger Clickz」を結成。OGメンバーであるKO-ney、Tsuyoshiと共に公開したパフォーマンス動画はInstagramで293万再生を記録し、世界的HIP-HOPマガジン「The Source」や「The Hip Hop Museum」をはじめ、数多くのレジェンドや著名メディアから高い評価を得ている。近年は日本国内のみならず、タイ・バンコクでの海外ツアーを皮切りに活動の場を国際的に拡大している。

