周りの不良たちがヒップホップに夢中になっていく!?TOMYPの漫画のような学生時代。

ヒップホップが各地で盛り上がりを見せた90年代。TOMYPの地元・福井も例外ではなかった!

ライター:ほりさげ

ヒップホップ好きのスポーツ選手や文化人のキャリアについて全4回に渡ってインタビューしていく「あの人も実はヒップホップ」。今月のゲストは、完全会員制・の餃子店「冫(NISUI)」を営むTOMYP(トミーピー)さん。料理人とDJという二刀流で鋭い感性を表現する彼は、どんな10代を過ごしてきたのか…!その思い出に迫ります。

前回の記事はこちら→ 会員制餃子店の店主は、生粋のヒップホップDJ!「冫(NISUI)」オーナー・TOMYPが生み出すグルーヴ。

よその中学の不良グループが
ヒップホップを教えてくれた

レペゼン :
学生時代の思い出についてお聞きしていきたいと思います。出身は福井県とのことでしたが、ヒップホップとの出会いはいつ頃だったんですか?

TOMYP :
中学生の頃ですね。ある日、よその学校の不良グループがいちゃもんつけてきたことがあって笑

レペゼン :
え!漫画みたいですね。

TOMYP :
まあ昔ならではの話ですけどね笑
でもその揉め事が無事に収まったあと、逆にそいつらと仲良くなったんです。しかもその集団が、ヒップホップ好きな奴らでめっちゃかっこよくて。中学校の時点でいろんな経験をしてて、ハイスペックな奴らだったんです。

レペゼン :
その影響でヒップホップにのめり込んでいくんですね。

TOMYP :
はい。そいつらの影響は大きいですね。それが1996年とか1997年くらいかな?

レイドバック感がたまらない
“西のヒップホップ”

レペゼン :
それにしても、すごくレアなヒップホップとの出会い方ですね。ちなみに、その方々のどんな部分に衝撃を受けたんですか?曲を流していたりしたんですか?

TOMYP :
流していた曲ももちろんなんですけど、なんかもうライフスタイル全部がヒップホップだったんです。全てにおいて、そういう空気感を感じました。

レペゼン :
良い意味でカルチャーショックだったんですね。当時聴いていた曲で特に印象深い曲はありますか?

TOMYP :
そうですね、当時のヒップホップヘッズは比較的ニューヨークのスタイルが好きな人が多い印象があったんですけど、ヒップホップを教えてくれた奴らは、「これからは西のヒップホップがくる」って言ってて。なかでもWarren G「This D.J.」は当時のアンセムで、めっちゃ衝撃で、圧倒的に覚えています。

【Warren G – This D.J.】

TOMYP :
自分たちも西海岸の曲を独自に掘っていたと思います。ちなみにその後、ほんまにウェッサイの流れが来て、学校の番長みたいな奴らが全員ゴリゴリウェッサイの格好になっていきましたね笑

レペゼン :
その変化の過程も面白いですね!笑
ちなみにこの曲のどういったところに惹かれましたか?

TOMYP :
なんでしょうね。当時のニューヨークのヒップホップってどこかクールで、身も心もキュッと引き締まるようなイメージだったんですけど、それに対して西海岸特有のレイドバックして緩い空気感が新鮮でしたね。曲の内容について「ここがかっこよくて」って言える知識もなかったけど、シンプルに聴いていて気持ちよかったです。

たまに脱走者も現れた!?
山の中の全寮制高校

レペゼン :
高校時代はどんな生活だったんですか?

TOMYP :
高校は、京都の全寮制の学校に進みました。もう絵に描いたようなヤンキー校でしたね。しかも先生もめっちゃ厳しくて。「ダウンタウンの浜ちゃんが逃げだすくらい厳しい学校が…(*)」とか、よくメディアで紹介されるような学校ってあるじゃないですか。うちは厳しすぎて、そういう取材とかも入れないような状態でしたね。時代的に、体罰とかもバリバリあったし。

※ … ダウンタウン・浜田 雅功が通っていた三重県の日生学園(現・青山高等学校)は、超スパルタ教育を徹底していたことで知られている。

レペゼン :
相当厳しかったんですね。

TOMYP :
僕の部屋の相方は、それこそ漫画に出てくるような金髪リーゼントでした笑

レペゼン :
しかもそういう生徒が、1人や2人ではないということですもんね?

TOMYP :
だいたいがそういうレベルの奴ばっかりでしたね笑
しかも寮が山の中にあって、ずっと缶詰状態やから、たまに脱走しようとする奴が出てくるんです。もちろんそんなことしようとしても、全員失敗して、また先生から叱られまくってましたけどね笑

レペゼン :
聞けば聞くほど漫画の世界だ笑

高校のヤンキー達が徐々に
ヒップホップヘッズに

レペゼン :
学生時代は、何かスポーツはされていたんですか?

TOMYP :
中学でバスケをしていました。思えば、それもヒップホップからの影響でしたね。シャキール・オニール、グラント・ヒル、ジョーダンとか、名だたるスタープレイヤーがいて、しかもどう見てもヒップホップだと感じたんですよ。なので、ファッションな部分でも当時の憧れでしたね。その影響でバッシュブームもすごかったですし。

レペゼン :
たしかに、ヒップホップとバスケの親和性は高いですよね。高校に移ってからは、クラブに行ったりDJをしたりし始めるんでしょうか?

TOMYP :
なんせ山奥の寮だったので、当時の京都のシーンを知ることはできなかったですね。しかも学校にも、ヒップホップ好きな人は最初、全然いなくて。高校の中で自分だけヒップホップがめっちゃ好きなタイプだったんですが、周りがそれに感化されてヒップホップ好きになっていったんです笑

レペゼン :
すごい!今度は、TOMYPさんが周りにヒップホップを広める側になったんですね。

TOMYP :
時代的に、日本語ラップがメディアに少しずつ出だした流れもあったと思いますけどね。興味を持ったヤンキー達から「お前、ヒップホップ詳しいんやろ?教えてや!」って、いろいろ聞かれました笑
なので、そういうヤンキー上がりのヘッズは、当時多かったですね。

レペゼン :
TOMYPさん自身は、高校時代はDJの機材を買って練習したりしていたんですか?

TOMYP :
ターンテーブルを買って、寮の部屋に置いて練習してましたね。さすがに高校時代に京都で回すことはなかったけど、たまに地元の福井に帰る時に、地元でDJやってる友達とパーティを企画したりはしていました。

レペゼン :
いずれにしても、かなり早い時期からヒップホップにどっぷりだったわけですね。

若きヘッズとしてカルチャーをディグり、時には、その魅力を周りに伝える役割も果たしていたTOMYPさん。次回は、そんな彼がいよいよ飲食の世界に飛び込む話。修行時代は、1日17時間ぶっ続けで働き続けたこともあったとか!?まだまだ刺激的なエピソードが続きます!お楽しみに。

プロフィール

  • TOMYP

    TOMYP

    大阪在住のDJ/料理人。生粋のレコードディガーとして知られ、幅広いジャンルへの知識を感じさせるニッチでグルーヴィなプレイは、各方面の音好きたちを唸らせてきた。一方で、大阪市内の会員制餃子店「冫(NISUI)」店主としての顔も持ち、古美術や骨董、工芸などに見られる伝統技術と、ヒップホップ、現代アートといったフレッシュな文化が同居する店作りで人気を博している。

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