レペゼンインタビュー#26:KIKUMARU(前編)KANDYTOWNであるということ

ニューヨークの経験。変わらない仲間の存在。

KANDYTOWN(キャンディータウン)。日本語ラップ界のビッグクルーであることは言わずもがな。各メンバー各々の活動も見逃すことのできない才能の塊の集団である。
レペゼンインタビュー第26回の今回はそんなKANDYTOWNのメンバーでラッパーの、KIKUMARU(菊丸、キクマル)に焦点を当てる。

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ストリートではKANDYTOWNという名よりも先に、KIKUMARUという名を聞いた経験のあるヘッズも多いのではないだろうか?
前編の今回では、彼の人生とKANDYTOWNの存在について語ってもらった。

自己紹介、趣味について

レペゼン:
まずは自己紹介からお願いします。

KIKUMARU:
KANDYTOWN所属のKIKUMARUです。東京都世田谷区出身で1990年7月11日生まれのA型です。

レペゼン:
身長と体重、足のサイズを教えてください。

KIKUMARU:
身長は167cmぐらいで、体重は最近量ってないので分かりません。足は26cmです。

レペゼン:
利き手とマイクの持ち手はどっちですか?

KIKUMARU:
右利きです。マイクはどっちでも持ちます。その時のノリですね。

レペゼン:
好きな食べ物と嫌いな食べ物を教えてください。

KIKUMARU:
好きな食べ物はバナナと牛乳で、嫌いな食べ物は香辛料ですね。わさびとからしは好きなんですけど、唐辛子とか辛いのがダメですね。

レペゼン:
じゃあ中華料理の辛い麻婆豆腐とかダメですね。

KIKUMARU:
それは結構危ないですね。笑
あとカレーとかもダメです。

レペゼン:
カレーもダメなんですか?

KIKUMARU:
カレーは好きなんですけど、辛口のはダメですね。甘口が良いんで、バターチキンカレーとかにしちゃいますね。

レペゼン:
それは相当苦手ですね。笑
趣味はありますか?

KIKUMARU:
趣味はスノボーとかスケボーとか横ノリ系ですね。あとはレコード買ったりとかですね。

レペゼン:
スケボーやスノボーは今でも良くやられるんですか?

KIKUMARU:
そうですね。スノボーは冬になればやりますし、スケボーは駒沢公園とかでたまにやってますね。

レペゼン:
怪我とかしないですか?

KIKUMARU:
スケボーで骨折れたりめちゃしますけど、なんだかんだやっちゃいますね。1回バキッと折れてからはあんまりやれてないですけど。

レペゼン:
どこをやったんですか?

KIKUMARU:
左足首です。ニューヨークのパークで折っちゃって。

レペゼン:
あ、そうだ。KIKUMARUさんニューヨークに行ってたんですよね?

KIKUMARU:
1年くらいですけど。

レペゼン:
ニューヨークはどこに住んでいたんですか?

KIKUMARU:
パークサイドとフォレストっていうクイーンズの方で、ブルックリンの雰囲気に近い感じのとこですね。

レペゼン:
ニューヨークに住んでたってカッコいいですねー!!ニューヨークの詳しい話は後ほど聞かせていただきます。

KIKUMARUの音楽について

レペゼン:
次は音楽について聞いていきたいと思います。最近好きな楽曲はありますか?

KIKUMARU:
ここ最近一番聴いたのはKANDYの仲間のアルバムなんですけど、IO(イオ)のアルバムですね。あとChance The Rapper(チャンス・ザ・ラッパー)の昔のアルバムをもう一回聴いてますね。あとはJim Jones(ジム・ジョーンズ)の最近の奴もめちゃかっこいいです!「El Capo(エルカポ)」って奴です。

レペゼン:
ちなみに今日聴いてきた曲は何ですか?

KIKUMARU:
今イヤフォン失くしてて、出かけるときとか1週間くらい聴けてないですね。笑

レペゼン:
なるほど。笑
移動中聴けないの結構キツイですね。好きなアーティストは誰ですか?

KIKUMARU:
いっぱいいるんですけど…昔からずっと好きなのは、Nipsey Hussle(ニプシー・ハッスル)ですかね。

レペゼン:
惜しくも亡くなっちゃいましたね。

KIKUMARU:
Mac Miller(マック・ミラー)とかも結構好きだったんで、死んじゃった人好きですね。笑

レペゼン:
Mac Millerも良かったですよね。

KIKUMARU:
あとは家では、レコードでソウルとか結構聴いてるんですよね。

レペゼン:
ヴァイナルを買って良い音で聴いてるんですね!!

KIKUMARU:
そうですね。ネタを探したりとか。あとはMIX CDとかも今後作っていったりするんで、それも兼ねてって感じですね。

レペゼン:
DJもやられるんですね?

KIKUMARU:
DJもたまにやります。

レペゼン:
そうなんですね!!
仲の良いアーティストは誰ですか?

KIKUMARU:
KANDYはみんな仲良いです。あと今まで客演してきたアーティストはみんな仲良いですね。あと昔から仲良いのはSIMI LAB(シミ・ラボ)とかQN(キューエヌ)とか同い年の奴らですね。

レペゼン:
なるほど。

KIKUMARU:
あとは唾奇(ツバキ)とかも仲良いですね。沖縄とか行ったら遊びます。

レペゼン:
「Chain Reaction2」アルバムでは、フィーチャリングに沖縄勢が多かったですけど、沖縄に行ってたんですか?

KIKUMARU:
沖縄の子は2人客演で入ってくれてるんですけど行ってはないですね。DAIA(ダイア)は東京住んでいて仲良いんで一緒にやろうって。あとMuKuRo(ムクロ)は前にライブで一緒で、カッコよかったんで一緒にやりたいと思ってて、友達なんで連絡してそろそろやろうかみたいな感じで。

レペゼン:
そしたらレコーディングは東京でやったんですね。

KIKUMARU:
基本的に東京の自分のスタジオでやったんですけど、MuKuRoだけこっち来れなかったんで、彼は沖縄のスタジオで、その他は全員こっちのスタジオで一緒にやりました。

レペゼン:
そうだったんですね。

KIKUMARU:
ですね。¥ellow Bucks(イエロー・バックス)は、ラップスタア誕生の決勝戦でこっち来るタイミングがあったんで、連絡してこっち来た時に曲録ろうってなって。
それがラップスタア誕生決勝の前日でしたね。

レペゼン:
すごいタイミングですね!

KIKUMARU:
それで優勝して。優勝するってわかってましたけど。カッコいい奴だし。

レペゼン:
かっこいいですよねー!!

KIKUMARU:
どっちのプロモーションにもなるとも思ったしちょうど良かったです。

レペゼン:
元々繋がりがあったんですか?

KIKUMARU:
ニューヨークの時のルームメイトとBucksが友達だったんですよ。彼らもニューヨークで出会ってるんですけど。ラップスタアで見た事あってカッコいいと思ってたんで、そのルームメイトから紹介してもらいました。

レペゼン:
ニューヨークで知り合うって繋がり方がカッコいいですねー

KIKUMARU:
ニューヨークめっちゃ好きなんで、年に1回くらい行ってるんですよ。長く行ってた時もありましたけど、そこから繋がってる部分も色々ありますね。

レペゼン:
そういうの本当に良いですね!

KIKUMARU:
ニューヨークはやっぱり色々影響受けてますね。

レペゼン:
次は尊敬してるアーティストについて伺いたいんですが、誰かいますか?

KIKUMARU:
BANKROLL(バンクロール)です。KANDYTOWNの前身っていうか、KANDYTOWNはBANKROLLとYaBasta(ヤバスタ)の2つのグループがひっついてできたんですけど。そいつらを見てラップ始めたんで尊敬してますね。

レペゼン:
BANKROLLの全員って事ですか?

KIKUMARU:
全員ですね。みんな幼馴染なんですけど、自分より早くから音楽知っててラップしてたんで。

レペゼン:
未だに一緒にやりながらも尊敬してるんですね。

KIKUMARU:
もちろんです。

レペゼン:
めちゃくちゃ良い関係ですね!

KIKUMARU:
そこがあったから今の自分がいるなって思ってるんで。

人生グラフ①サッカー漬け

レペゼン:
次は人生グラフという物を書いて頂いて、ご自身の人生を振り返って頂きたいと思います!

レペゼン:
それでは順に聞いていきたいと思います。
まず最初はサッカーですか?

KIKUMARU:
小さい頃はずっとサッカーやってましたね。

レペゼン:
結構本気でやってたんですか?

KIKUMARU:
高校3年生くらいまで本気でやってましたね。

レペゼン:
強かったんですか?

KIKUMARU:
クラブチームでやってたんですけど、まあまあ強かったです。
自分の年代は行けなかったんですけど、先輩達は全国大会に出てたりしてましたね。

レペゼン:
今でもやったりしますか?

KIKUMARU:
今でもたまに地元の世田谷のチームでやりますね。

人生グラフ②KANDYTOWNの出会い

レペゼン:
それで、初めてマイクを握ったのが15歳の時ですか?

KIKUMARU:
中3の時に卒業の時に学校の出し物みたいなので、今のKANDYメンバーのIOやMASATO(マサト)たちと初めてラップしました。

レペゼン:
その時はまだ本格的にって感じではなかったんですか?

KIKUMARU:
あくまで出し物でって感じでしたね。

レペゼン:
いつぐらいから本格的にやろうってなったんですか?

KIKUMARU:
本格的になったのは、サッカーを辞めてからなんで18歳ぐらいですね。そっからクラブとかでライブをやり始めたりして。
あとは有名になろうって意識でMCバトルばっか出て、初めてB-BOY PARKで優勝したのが20歳でした。

レペゼン:
初優勝が20歳だったんですね!

KIKUMARU:
ですね。それから3年くらいして、1stアルバムを出しました。そこから2年後にニューヨークに行って、2ndアルバムを出して、去年3rdアルバムを出したってとこですね。

レペゼン:
なるほど。
KANDYTOWNはいつごろ結成したんですか?

KIKUMARU:
俺が20歳ぐらいの時にBANKROLLとYaBastaっていう2つの母体がひっついてKANDYTOWNって名前を付けた感じですね。
でも元のBANKROLLの出会いは13歳ぐらいです。トラックメーカーのNeetz(ニーツ)は一緒にサッカーやってたり。高校ぐらいで1つ下のMUD(マッド)とか後輩たちが入って来たりとか、だんだん集まってきた感じですね。

レペゼン:
そこで本格的に結成って事ですか?

KIKUMARU:
名前はなかったんですけど、元々みんなでライブやったりしてて、「KTOWN」とは言い出してましたね。

レペゼン:
おー!そうやってKANDYTOWNの歴史が作られて行くわけですね!!

人生グラフ③ニューヨーク留学

レペゼン:
さて肝心のニューヨークに着いて聞いていきます。留学ではなぜニューヨークを選んだんですか?

KIKUMARU:
KANDYの仲間で亡くなったYUSHI(ユウシ)ってメンバーがいたんですけど、そいつがニューヨークが大好きで、「絶対に行け」って言われてて、20歳の時に旅行で初めて行ったんですよ。その時に面白かったのでまたちゃんと行きたいと思ってて。
自分が留学しようってタイミングでYUSHIが亡くなっちゃったんで、すごく思い入れも強かったですね。

レペゼン:
ニューヨークでも音楽はやっていたんですか?

KIKUMARU:
そうですね。2ndアルバムは向こうで作ってるので。

レペゼン:
じゃあ本当にしっかりとした目的を持って行かれてたんですね。

KIKUMARU:
そうですね。英語とかも勉強しつつ。
あとは、「何が好きで何が嫌いか」「何が良くて何が良くないか」は、住まないと分からないだろうと思って、行きましたね。

レペゼン:
行ってみて良かった事とかは何ですか?

KIKUMARU:
1人の力で何が出来るかってのを計れたことがよかったですね。

レペゼン:
なるほど。

KIKUMARU:
自分ニューヨークにいる間に、日本ではKANDYの「BLAKK MOTEL(ブラック・モーテル)」ってEPが出て、すごい反響があったんすよ。そこからKANDYTOWNの名前が上がり出してきて。

レペゼン:
KIKUMARUさんがニューヨークにいた時だったんですね。

KIKUMARU:
今まで仲間と居過ぎたってのもあったので、ニューヨークで単身、自分は何ができるかってのを考え尽くしましたね。
あと、日本ではみんな売れてきてるから、自分1人恥ずかしいことできないって思いながら向こうで活動してました。

レペゼン:
なるほど。

KIKUMARU:
それで帰って来て、みんなのとこに合流して、すぐアルバム作ろうってなった感じですね。

レペゼン:
ニューヨーク留学の前と後では、モチベーションに変化はありましたか?

KIKUMARU:
モチベーション自体は以外とあんま変わらなかったですね。もちろん”誰もいなかった1年”で自分としては成長できたんですけど、メンバーからしたら、「おかえりー」って感じで帰って来てすぐ3日後ぐらいからライブしてました。

レペゼン:
アットホーム!!やっぱり帰ってくる場所があるって良いですよね!!

KIKUMARU:
そうですね。

KIKUMARUとKANDYTOWN

レペゼン:
では続いて、ここ最近の活動についてお聞きしたいと思います。
KIKUMARUとしての”個人の動き”と”KANDYTOWNの中での動き”の両方があると思いますが、KIKUMARUさんの中ではどう切り分けているんですか?

KIKUMARU:
昔からKANDYの時は、メンバーで集まったら作るみたいな感じで、当時はその時のノリで曲を書いてEP出してましたね。それは今もあんまり変わらなくて、当時のままのノリを貫きつつ曲作っている感じですね。

レペゼン:
そういう感じだったんですね!!楽しそうです!!
個人ではどうですか?

KIKUMARU:
ソロだと、自分で決めたコンセプトの中で曲作りしていきますね。
そのコンセプトにハマるKANDYのメンバーに客演してもらうこともあるし、KANDY以外のイケてる奴と作ることもあるし。

KANDY以外の客演で作ったのがこの前出した「Chain Reaction 2」ってEPですね。逆にその前に出した「Focus」ってEPは、KANDYのメンバーだけを客演に入れて作った作品ですね。

レペゼン:
なるほど。ソロではKANDYTOWNメンバー以外とも絡める楽しみもあるんですね。

KIKUMARU:
そうですね。でも、KANDYがあって自分だし、自分がいてKANDYだし、いいバランスでやれてます。

レペゼン:
いいですねー!その感覚。

KIKUMARU:
KANDYTOWNってメンバーそれぞれが違うつながりを持ってて。
例えば自分はDAIAとか¥ellow Bucksとかとやったり、Ryohu(リョフ)は、Suchmos(サチモス)やOKAMOTO’S(オカモトズ)とかメジャーなバンドとやってたりするじゃないですか。

レペゼン:
そうですね。

KIKUMARU:
他にもIO(イオ)はZEEBRA(ジブラ)さんとやったり、5lack(スラック)とやったりとか、KEIJU(ケイジュ)はYENTOWN(イエンタウン)やBAD HOP(バッド・ホップ)とやってて。

レペゼン:
改めて振り返ってみると、すごいメンバーとコラボしてますよね。

KIKUMARU:
それぞれのメンバーが繋がってる人が少しずつ違ってて、それもまたKANDYTOWNの個性になってると思うんですよね。

レペゼン:
しかも、それがシーンの真ん中にいる人たちですしね!!

KIKUMARU:
KANDYTOWN自体がそういう立ち位置っていうか、そういう他のアーティストとの繋がりを含めてKANDYTOWNだと思ってます。

レペゼン:
本当にすごいですね!
今年もKANDYTOWNとしては色々と動きはありそうですか?

KIKUMARU:
今年もアルバムを出す予定です。あとはZepp Tokyo(ゼップ・トーキョー)で初めてワンマンをやるんですよ。

レペゼン:
Zeppでワンマンやるんですね!

KIKUMARU:
この前も渋谷のO-EAST(オー・イースト)で初めてワンマンやったんですけど、お客さんパンパンに入ってくれたので、次のステップって感じですね。

レペゼン:
個人の活躍が、クルーとしての活躍にも繋がっていってるんですよね。

KIKUMARU:
逆もそうですね。やっぱり自分はKANDYTOWNだから、ソロでもしっかりやらないといけないなって思うし、逆にソロでやるんだったら何かKANDYTOWNのためになれるようにって思いますしね。

レペゼン:
本当に良い関係なんですね。

KIKUMARU:
まぁ昔からずっと変わらずそうですね。

レペゼン:
またそれを楽しめるってのも良いですよね。

KIKUMARU:
そうですね。小さい時から一緒にいるんで、揉めたりとかもしないですし。

レペゼン:
最高なクルーじゃないですか!!

 

「昔と変わらない。」一見簡単そうなことだが、大人になればなるほどとても難しいことだ。でもKANDYTOWNはそんな場所。
KIKUMARUがニューヨークに留学しようと、B-BOY PARKで優勝しようと、「KANDYがあって自分だし、自分がいてKANDYだし」というスタンスは今も昔も変わらない。

そんなグループのメンバーそれぞれがレベルアップすれば、そのグループの影響力も大きくなって行く。
KIKUMARUが語る、「メンバーそれぞれが繋がるアーティストが少しずつ違う、それもまたKANDYTOWNの個性」この言葉に、これからのKANDYTOWNの躍進を想像し、胸騒ぎが隠しきれない。
後編はそんなKIKUMARUが語るストリートの定義についてご紹介。後編もアツい、見逃すな。

 

KIKUMARU Instagram:kikumaru_kandytown

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